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1.視聴率
平日の早朝5時20分。『汐留テレビ』の情報番組『ズームインめざまし』は美人お天気キャスター富田幸子の笑顔から始まる。目鼻立ちのハッキリした現代的な美貌だ。彼女見たさにチャンネルを合わせる男性は数多く存在している。出勤前のサラリーマン達にとって彼女の癒し系の笑顔は絶大な人気を誇る。
「ハイ! こちら東京・汐留の雨、そんなに強くはないんですけど。風が横から来るので特に足元濡れてしまうんですね。なので、女性の方はブーツが今日はいいかもしれません♪」
ミニスカートの下からスラリと伸びたうっとりするようなキレイな美脚を黒のロングブーツで包んで、この日も天気予報を伝えた。
番組終了後、先週一週間分の番組視聴率データが配られた。その結果を一通り眺め終わった幸子が思わずつぶやいた。
「やっぱりブーツ履いた日のほうが視聴率がいいわ。来週からは毎日履いたほうがよさそうだわ。」
「サッちゃんのおかげでウチが視聴率トップですよ。番組の瞬間最高視聴率はみんな、天気予報の時間帯でした。オイ!衣装係にすぐにブーツの手配させて!サッちゃんが履けば、鬼に金棒だね♪」
「ありがとうございます。うれしいわ(笑)」
TV各局で連日、激しい視聴率競争が繰り広げられる平日早朝の時間帯。特にライバル局の『赤坂テレビ』に某大物キャスターが参入してからはさらに視聴率競争が激しくなった。そんな中で、幸子の存在は次第に貴重なものとなっていった。
「あのぉ。ディレクターさ〜ん。お願いがあるんですけどぉ」
「何だい?サッちゃん」
「アタシ専属のADを雇ってもらえないでしょうか?毎日、早朝の生番組の仕事でいつもバタバタしてるんでぇ、いると助かるかなぁなんて思ってるんですけどぉ」
「そうだね。求人出そうか?サッちゃんが気に入った人を雇えばいんじゃないかな。」
「ワー うれしい♪ありがとうございます。」
視聴率がすべてのTV業界。幸子の要望はスンナリと通った。
2.求人
脇島明は定職につかず、冴えないフリーター生活を送っていた。三流の大学を卒業後、社会への第一歩は都心にある中規模の不動産会社の社員として踏み出した。それほど悪い就職先ではなかったはずなのだが、「自由な時間が欲しい!」とあっさり2年で退職してしまった。しかし、その後の彼は坂道を転げ落ちるような人生となった。履歴書の職歴欄は「一身上の都合により退職」の記入と、さまざまな会社名で埋め尽くされた。辞めた会社の中には名前さえ覚えていないところもある。変えれば変えるほど自分が不利になっていった。履歴書を見ただけで相手に「この人はどうせウチに来てもすぐ辞めるだろう」と思われるようになった。彼がすぐに会社を辞めてしまう原因はすぐに人のせいにするところにあった。「上司が悪い」、「同期が悪い」、「会社が悪い」「社会が悪い」「景気が悪い」・・・。人のせいにして会社を辞めたら次の会社ではまた人のせいにする・・・。その繰り返しだった。そして自由を求めてフリーターになったはずだったが、結局はバイトを掛け持ちしなければ生活して行けず、朝は牛丼屋、昼はコンビニ、夜は工事現場とかえってサラリーマン時代よりも自由な時間が減る始末であった。
「脇島ぁ!脇が島ってねぇゾ!!」
そして、自分よりも年下の店長にエラそうに文句を言われながら働くオマケ付きだった。 また、例によって辞める気持ちが湧き出した脇島は駅に置いてある、無料で読める求人誌を手に取った。
『汐留テレビ朝の人気情報番組のAD募集!給与優遇!』
数多くある求人情報の中からひと際目立つ求人が出ていた。
「汐留テレビの朝の情報番組ってあの富田幸子が出てるヤツじゃないか・・・ダメもとで応募してみるか。」
大して期待もせずに履歴書を送り、面接に望んだ脇島は結果が知らされる前から満足感があった。なぜなら、富田幸子本人と面接できたからだ。実際に見た幸子はTVで見るよりもずっとキレイだった。生きていればいいこともある・・・明日への励みになるような面接だった。
3日後、汐留テレビから電話がかかってきた。
「採用したいと思います。富田幸子さんの専属ADを考えています。」
「ハ、ハイ。もちろんお引き受けします。ありがとうございます。」
脇島は信じられなかった。あの富田幸子と一緒に仕事ができるんだ。
「ヤッター!」
壁の薄いオンボロアパートの一室で隣人が驚くような大声で叫んだ。
「母ちゃーん!オレ、TVに出るかもしんねぇ!」
そして、興奮しながら田舎の母親に電話で知らせた。
3.表と裏
脇島のAD生活がスタートした。
「今日は西日本から東日本にかけてはカサを持つ手がかじかんでしまうほどの冷たい雨になりそうです。なので、今日は手袋をしたほうがいいようです♪」
いつものように幸子が笑顔で伝えて天気予報のコーナーが終わった。
「幸子さんお疲れ様です。」
脇島が温かいお茶のペットボトルを手渡した。
「ありがとう。やっぱりADさんがいると助かるわぁ。採用してよかったぁ。」
飛び切りの笑顔で幸子に感謝された。
「あぁ夢のようだ。今までオレをバカにした連中にこの光景を見せてやりたいもんだぜ・・・。」 しかし、脇島が幸子の裏の顔を知るまでにはそう時間はかからなかった。まず、お嬢様育ちの幸子はとにかく金遣いが荒かった。レストランに入れば、胃袋の調子と相談なく高価な料理を注文してしまう。歩けるような距離でも気軽にタクシーに乗る。ワンメーターに千円札を出して釣りを取らない。不必要な品を衝動買いしてしまう。豊かな経済力に裏付けされて贅沢が身にしみついている。
だが、幸子に対する驚きはまだ、序の口だった。 脇島は昆虫が嫌いである。特にゴキブリを見ると全身に鳥肌が立った。ところが、ある日。脇島は恐ろしい光景を目撃した。休憩室の床を一匹のゴキブリが走った。脇島は驚き、持っていた荷物を落としかけた。だが、幸子は脚を上げ、走るゴキブリをその体の色とよく似た茶色のロングブーツで踏み潰した。
"グシャリッ!"
「フフッ。ゴキブリもコウロギも同じようなもんよ」
「・・・・・・」
また、ある日、郊外の公園から天気予報を伝えるため、脇島がロケ現場へ車を走らせている時、知らなかった別の側面を見せつけられた。早朝というよりも深夜ともいえる時間帯の郊外の道路。すれ違う車は一台もない。歩行者も見えない。だが、ハンドルを握る前方に野良ネコが見えた。
「運転変わってちょうだい」
「おーっとっと えっ?! 幸子さん ネ、ネコが・・・」
脇島から強引にハンドルを奪い取った幸子は不適な笑みを浮かべて茶色のロングブーツで勢いよくペダルを踏んだ。ブレーキでなくアクセルだった。道路を横断しかけた野良ネコは立ちすくんで動けなくなった。幸子はそのまま進行してネコをはね飛ばした。
「ネ、ネコを轢きましたよ」
脇島が恐る恐る幸子に問いかけた。
「フフッ。くたばったみたいね。景気よくぶっ飛んだわ。車の前に止まるネコの方が悪いのよ。もう運転はいいわ。代わって!」
「・・・・・・・」
ネコとはいえ接触した瞬間に車体に伝わった不気味な感触は脇島の体に気味の悪い後遺症を引いた。だが、幸子はネコを轢いたことを楽しんでいるようにすら見えた。
「おはようございます。今日は全国的に秋晴れです。洗濯物が安心して干せそうな1日です(笑)」
そして、数時間後にはアクセルペダルを踏んだその茶色のロングブーツを履いて、いつも通りに笑顔で天気予報を伝えていた。
続き
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