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★小説E 「美脚の品格」★

1.お高く

東京都心の一等地に本社がある大手一流企業・K社。今や日本有数の企業、手足の指で数えられる中に入るほどの大企業になったK社。その本社ビルの最上階32階・東南の角地に山野一葉の事務室とデスクがある。 一葉の現代的な彫りの深い美貌とスタイルのよい姿態はモデルと言っても通りそうだ。服装や化粧のセンスも洗練されている。彼女が街を歩いていると、男たちだけではなく、同性の視線も集めた。そして、一葉はお嬢様女子大学出を鼻にかけ常にお高く留まっていた。朝は、
「フフン、私は乗って当然の女!フフン」
と言わんばかりに女性専用車両に座って通勤。その長い美脚を組みながらファッション雑誌のエビちゃん・もえちゃん特集≠熱心にチェック。昼は、会社に社員食堂があるにもかかわらず、
「フフン、私に食券は似合わないわ!フフン」
と外の高級レストランで優雅にランチ。アフターファイブも男性社員がボウリングに誘っても、
「フフン、丁寧に手入れした爪に悪影響だわ、フフン」
とお断り・・・。お高く留まった女・山野一葉。 彼女の美貌に魅入られた役員の一人が、個人的に呼び出して、自分の秘書にしようと画策したことがあったほどである。さすがにこれは「クラブの姉ちゃんじゃあるまいし・・・」と労働組合の反発を招きお流れになったが、この一件は一葉をよりお高く留まらせるのには充分すぎるほどの出来事だった。
「フフン、私は役員に気に入られた女よ!フフン」。
そして、お高く留まった女にふさわしい超高層ビル最上階の東南の角地で仕事をしているのだ。 一葉のチャームポイントは何といってもその長くスラリと伸びた美脚だ。秋・冬シーズンは当然のようにその美脚をロングブーツで包んで通勤した。黒はもちろんのこと茶色・白・ベージュ・キャラメル色・・・秋・冬シーズンの山野家の玄関は5種類のロングブーツがブーツキーパーで固定され、整然と並べられてそびえ立った。一葉のブーツ好きは筋金入りだった。小学生時代から雨が降ればレインシューズではなく、ロングブーツで通学した。黄色い帽子に赤いランドセルに茶色のロングブーツ。
「あー、山野!山野がブーツ履いて学校来てるぅ。いいのかよー!」
「あははは、山野のブーツ下駄箱に入んねぇじゃんかー!どうすんだよー!」 
男子たちから指で差されながらからかわれても気にせず履き続けた。そして水たまりを見つけると好んで歩いた。
"ピシャッ!""ビシャッ!"  
水たまりに脚を踏み入れても何ともないブーツの優越感を小学生時代から楽しんでいた。そして、中学・高校・大学・就職と人生を歩んでいくにつれてその美脚の恩恵を被っていった。 自動車教習所に通えば、教官から
「いい脚してるねぇ!」
と喜ばれ、オマケでハンコをもらえた。お嬢様女子大に通えばその美脚と美貌が正門前で待ち構えているファッション雑誌のスカウトの目に留まり読者モデルとして活躍した。19〜20歳あたりの年頃では、ファスナーを完全に上まで上げられないのに無理に背伸びをしたおしゃれをするかようにロングブーツを履く女子大生も多く存在するが、一葉の美脚はそんなこととは無縁だった。
"ザザザーッ!!" "ジジジーッ!!"
そんな、大根足≠フ女子大生達をあざ笑うかのようにしっかりと最上部までファスナーを閉じて通学した。そして、一流大企業へと就職。
「フフン、私もそろそろニーハイ履こうしら、フフン」  
ファッション誌では今年はニーハイブーツがはやるような記事が出ていたのを思い出した一葉は、退社後、『銀座ドイアナ』のショップで何足か履きまわした後、茶色のニーハイブーツを購入した。ファッション誌の「美脚ブーツ特集」で毎年、当然のように取り上げられるドイアナブランド。一葉はそのドイアナのニーハイブーツを難なく脚にすべりこませていった。
「夕方なのにこの細身のブーツが簡単に履ける人は初めて見ました。脚細いですねぇ!」  
店員にそう言われ、いい気分で、一目でブーツを購入したとわかる細長い紙袋を肩に掛けて帰宅した。
「フフン、さっそく明日から履かなきゃ!フフン」  
一葉は明日が、会社で避難訓練がある日なのをすっかり忘れていた。歩きやすい履物で参加するように言われていることを・・・。                 

2.避難訓練  

消防の119番にちなんで毎年、11月9日から15日にかけては秋の火災予防運動が実施される。それに伴い、K社でも全館避難訓練が実施されることになった。そして、本日、地下一階の食堂から火災が発生したという想定で訓練が行われる。  
「フフン、手で触るなんてヤダ!触りたくないわ。お手入れしたツメがかけちゃうわ!フフン、当然足で踏むものよ!フフン、私は脚が長いから便利。」  
"グイーッ" "ドッシャーァーッ!!"  
一葉が洗浄レバーをニーハイブーツで踏みつけて勢いよく水を流してトイレから出てきた。そして・・・、  
「フフン、私にスニーカーは似合わないわ!フフン」 
と新品のニーハイブーツ姿のままで避難訓練に参加した。  
「"ピンポンパンポン!" こちらは防災センターです。訓練!訓練!地下一階社員食堂厨房付近から火災が発生しました。・・・・・」〜〜「現在、延焼中です・・・・・」〜〜「全館に煙が広がることが予想されます。全員慌てずに避難階段から避難してください!」  
一葉は、1階から32階まで普段は、高速エレベーターで行き来している。これならニーハイブーツでも問題ないだろう。しかし、実際に火災が発生すればエレベーターは、閉じ込められる可能性があるので、使用できない。32階から1階まで階段で避難しなければならない。段数にして約770段、時間にすれば約12分はかかる。これをピンヒール10センチの新品ニーハイブーツで降りていくのだ。2階から1階へ降りていくのとはわけが違う。
「フフン、さぁ避難しましょう!フフン」
一葉は避難誘導用の緑色の旗をまるでバスガイドが黄色い旗を持って歩くかのように他の社員たちを先導した。  
「山野さん大丈夫かしら?あんなブーツで階段降りて・・・私もいつもブーツだけと今日は訓練だからスニーカーで来たわよ。」  
「私もよ。よりによってニーハイなんて、しかも新品じゃない・・・。この後、消火器の噴射訓練だってあるのよ。」  
ヒソヒソ話をしながら階段を降りた女性社員たちの不安は的中した。外に出るまであとわずかというフロアまで来た時、一葉の脚がブルブルしだした。ヒールが高ければ、地面に触れる面積が狭ければ狭いほど安定感がなくなる。平衡感覚が揺らいできた。そして、ピンヒールが階段の縁にあるすべり止めに引っかかった。  
「アーーッ!!」 
"ドサッ!! ドカッ!!"  
「あ、脚が・・・動かないわ!」  
一葉は階段から脚を踏みはずして転倒した。そして足首を捻挫した。そして、 訓練を一通り見学した後で講評を述べるために待機していた消防署員が実働≠キる騒ぎとなってしまった。


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